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Creator+Creator / クリエイター同士の対談で新しいものができる!

大黒 淳一 / Junichi Oguro
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Sound media artist

大黒 淳一 Junichi Oguro

高橋 邦之 / Kuniyuki Takahashi
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ミュージシャン

高橋 邦之 Kuniyuki Takahashi

#002 Sound Create of Joy ~音創りの愉悦~

[2009.06.04] 第1回 :
大黒「自分で自分の聴きたい音楽を作りたい」 高橋「シンセを選んだ理由は最初から曲を作りたかったから」
[2009.06.19] 第2回 :
札幌に住んでいること、そして曲を作るということについて
[2009.07.03] 第3回 :
札幌に住んでいること、そして曲を作るということについて その2
[2009.07.17] 第4回 :
そして、コラボレーション。未来にむかうサウンド・デザイン
[2009.08.28] 第5回 :
Talk After Talk Curator×高橋クニユキ
[2009.10.09] 第6回 :
Talk After Talk - Curator×大黒淳一

第1回 大黒「自分で自分の聴きたい音楽を作りたい」 高橋「シンセを選んだ理由は最初から曲を作りたかったから」

LEAD

 Creator+Creatorは、札幌の最前線で活動するクリエイター2人に市内の彼らのお気に入りのスポットで、自分達の活動について深くお話をしてもらうコンテンツ。1万字以上におよぶ内容を4回に分けて紹介します。その狙いは、単なる人物紹介に終わらない、読み応えのある業界のリアルな話題を提供していくことです。

 今回は、札幌を拠点として、国内外にライブやCDリリースなどを通じてアーティステックな音楽を発信する高橋クニユキさんと、大黒淳一さんに登場していただきました。取材場所は高橋さんがオープニングパーティでライブも行なったという中央区のお店「ミールラウンジ」。 金曜の夜21時ころからお2人のお話は始まりました。第1回目の今回は、まずお二人が音楽に夢中になるキッカケから、現在にいたるまでフラッシュバックしていただきました。

音楽が好きになったキッカケを大黒さんからお話いただけますか?

大黒:
幼稚園のころからですね。
高橋:
早いですね。いきなりすごい話に...
大黒:
家でクラシックやアニメの音楽を聴いていて、エレクトーンを習いに行きたくなった。習いものって習字とか、親に言われて通うことが多いですが、エレクトーンだけは自分でやらせて、と親に頼んで通い始めました。

でも、僕は楽譜を見て弾くのがすごく嫌でした。だから練習しないで適当に弾いて。教室は普通の習うところだったら、それはタブーだった。先生に「何で練習してこないの?」と言われました。僕としては自分の音、自分の音楽、自分の楽しみを見つけたかった。そのため発表会の時以外は、ほとんど練習しないで適当に弾いて先生を困らせてましたね。今考えると自分で自分の聴きたい音楽を作りたい、という気持ちがあったと思う。
高橋:
幼稚園くらいに音楽に目覚めたキッカケは?両親が音楽好きだったとか?
大黒:
両親は特に音楽に熱心なわけでなかったです。でも、家に大きいスピーカーがあって、オーソドックスなクラシックやアニメ音楽がよく流れていました。それを聴いたり、一緒に歌うのが好きでした。

では、高橋さんの音楽への目覚めはどうだったのでしょうか?

高橋:
小学5年の担任の先生がリコーダーが上手で、その楽器の響きにクラス全員が魅了されたのが印象に残っています。それと、僕も大黒さんと同じで、物心ついたときから、家や車の中で音楽が流れてました。多分それらが自分の中で音楽の関わり合いの最初だった。それが根っこにあって、中学のときに初めてシンセサイザーに出会いました。楽器屋で中古を手に入れました。お年玉でね。
大黒:
最初に買ったシンセは何ですか?
高橋:
コルグの「770」。結構レアなやつです。最初のシンセサイザーの印象はピロピロ鳴る電気の音。それを初めて自分で鳴らした時はすごくびっくりした。楽器にシンセサイザーを選んだ理由は最初から自分の曲を作りたかったから。

シンセは想像力がわきます。なぜなら、破壊音も出れば、音楽にならないような音もできる。最初は多分僕が作ったのは「宇宙大戦争」という曲。当時は楽器がそんなに発達している時代ではないので、カセットテープに録音しました。その喜びはすごかった。想像のつかないものが生まれる感覚があった。それがシンセサイザーの魅力でした。
大黒:
僕もエレクトーンの次はシンセサイザーでした。中学のころは友達の家にあったのを触っていて、自分のを買ったのは高校の時です。バイトして買いました。エレクトーンだと出す音色が限定されていて発展出来ないところまでやった、というのを自分で感じていて。好きな音を出したいという欲求が自然と生まれきて、リズムとかも考えていくと、シンセが欲しくなりました。

最初に買ったのはカワイ楽器の「K4」というマニアック機種です。今でもこれだけは手放せない。当時いろんなシンセサイザーが出てだけど、なぜかこれに興味をそそられてしまって。ピアノ鍵盤でPC音源ですが当時メーカーとしても挑戦をした画期的なシンセサイザーでした。今でもデザインは好きだし、音を使うこともあります。

中高生のころ同級生でバンドをやっている人たちとは交流はありましたか?

大黒:
バンドのサポートメンバーとして呼ばれて演奏は時々してました。ただ、誘われるのは曲のコピーが多かった。自分の一番の興味は曲作りだったので、あまり積極的ではありませんでした。自分のイマジネーションで自分の音を作る、というのが一番好きだったので。

ライブで自分中心のオリジナルをやりはじめたのは、高校生くらいからですね。今考えるとドラムの人にずっとバスドラだけ叩かせているバンドとか...当時クラブはなかったから、ライブハウスでいろいろなバンドの人と対バンとして十代の頃はいろんな人とライブをやって、それはそれですごく面白かった。
高橋:
僕はシンセサイザーを選んだ時点で電子的な音が好きだった。バンドをやっている人たちとは音楽が違うなと。バンドの音楽は否定はしないし、手伝って参加したこともあるけど、自分で好きでやっている音楽とは別と考えてました。

僕はYMOの世代なのでカバーもしてました。高校に入ってオリジナルを作り始めて。当時、坂本龍一さんのラジオ番組で一般募集したデモテープを紹介する特集があって、それに凄く影響されました。この場で何かできる、という意識が生まれた。番組を通じてみんな真剣に音楽を作っていることを感じられた。このことは自分にとって大きなことでした。

自分の音楽をいろいろな人に聴いてもらうことについて話してくれますか?

大黒:
一番大きかったのは20歳前後の時にインターネットに出会ったこと。ネットのおかげで、今の活動ができていると思う。それ以前だとライブの告知や対バンの募集も楽器屋さんに紙を貼ってもらう、自分で作った音楽は友達に聴いてもらうか、ライブで聴いてもらう、という範囲しかない超えられない壁があった。でも、インターネットで、自分のウェブサイトを作った。そこで自分の音楽を紹介することによって、世界中のいろんな人とコミュニケーションが可能になって、初めて自分の音楽をいろんな人に聴いてもらえるというのが実感として生まれました。

さらに、26歳の時にローランドの全国大会があって、受賞できました。その経験が自分はこのままやっていいんだな、と感じることができました。それまでは、自分は音楽を作って楽しいのだけど、客観的にはどうだろう?という疑問がありましたので。
高橋:
僕の場合はガムシャラにずっと音楽を続けてきたのでステップアップの実感はなくて。初めて作品をリリースしたのは兄とジャーマンパンクとエレクトロが融合したよう音楽を作っていて、1991年ころベルギーのレーベルよりリリースしたのが最初の公式リリースです。

同時に札幌でもライブハウスで対バンでライブ・パーティーをしました。パンクなんだけどエレクトロニクスサウンドで、ドラムはいないけどドラム缶を叩いてメタルパーカッションにしたり。ベースもシンセでやったり。市内でもそういう音楽が好きな人が結構いて、自主制作で発表もしてました。

僕が思うに音楽を続けている理由って、楽器の発展も凄く大きいと思う。楽器が生まれた瞬間って飛躍的に音楽が増えると思うんです。今わりとダンスミュージックでよくあるリズムマシーンの「909」と「808」と呼ばれているものが、発売当初はすごい影響力があった。それが出た時ってみんなが食いついて。
大黒:
僕も新製品が出ると、楽器屋にチェックにいきますね。
高橋:
自分と世の中に対する関係って作品をリリースすることは一番大きい。加えて音楽が時代とクロスオーバーしていろんなカルチャーが混ざっていく出来事に自分なりのアンテナを張っています。
大黒:
音楽って最新のテクノロジーと融合しやすいというか、似ている感じがします。コンピューターもシンセサイザーも1年経ったら、がらっと状況が変わっていると思います。
高橋:
作品をリリースするといろんな人との出会いがある。90年代後半は東京のレーベルからリリースしたり、2000年にはニューヨークからリリースをしたりとか。コンスタントに作品は出せているので常に自分は動いている感じはします。
大黒:
僕も1枚1枚出していって、そこで次につながっていく実感はある。自分が好きでやっている音楽を相手にも気に入ってもらえたら、というスタンスです。国内外問わずいろんな人に音楽を通じて出会えるのが一番嬉しいですね。
高橋:
作品をリリースするといろんな人との出会いがある。90年代後半は東京のレーベルからリリースしたり、2000年にはニューヨークからリリースをしたりとか。コンスタントに作品は出せているので常に自分は動いている感じはします。

人間の頭の中でどうやって音楽を作っていくのだろう、と小さい頃からすごく考えてしまう。会話からインスピレーションを得たりとか、風景とか、何かおいしいものを食べたりとか。何かのきっかけがあって頭の中で音楽を作っていく回路が働くと思う。

作曲には目に入るビジュアルって結構大きいと思います。その情報の中で音楽がどう生成されるのか、頭の仕組みがもし面白い形でアプローチできたら、それも一つの音楽だと思います。音楽を作る上のビジュアルについて考えることは多いです。

 今回はここまでです。お二人のアーティストへの道のり、姿勢を紹介しました。いかがだったでしょうか。次回は、いよいよなぜ札幌を拠点とするのか、どのように曲が生まれるのかを聞いていきますね。お楽しみに。

INFORMATION

<トークの舞台のお店紹介> meer lounge (ミール ラウンジ)
住所: 北海道札幌市中央区南3条西2さとうビル地下1階(狸小路2丁目)
営業時間:11:30~翌1:00(月曜定休)
電話:011-281-5522
Webサイト:www.naturalbicycle.com/meer-lounge

狸小路から階段を下がり店内に入る。すると、アートな感じの異国の雰囲気たっぷりの空間が広がる。座り心地の良いチェアに腰かけ、メニューを開けばランチから、ディナーまで充実。ダッチオーブンを使用した野外料理から、道内の農園と提携した新鮮野菜を使ったオーガニックなメニューを楽しめる。飲物も世界各地のビールから、ドリンクでノドをうるおす。学校や職場などの仲間、そして大切な人と、ゆったり楽しい時間が過ごせます。


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